実験的な泡盛を造る shimmerの挑戦
瓶もラベルもいたってシンプル、名前は番号と原酒となる銘柄のみ。 一見サンプルのようなボトルには、どんな酒や想いが詰められているのだろうか。 注目の泡盛プロジェクトを探ってみた。
酒販会社が企画するメーカー横断プロジェクト
「shimmer」という泡盛ブランドを企画販売しているのは、県内最大手の酒販会社、南島酒販株式会社。県産のお酒全般を取扱う酒問屋だ。「shimmer」はプロジェクトとして2022年に始動し、翌年には初となる商品「#1 常盤」を発売、現在は#21までリリースしている。商品開発は企画立案と販売を担う南島酒販が主導となり、その都度テーマに適した泡盛酒造所に依頼している。企画例を挙げると、「汲水歩合を下げて濃厚なもろみから造る」「ワイン酵母で仕込む」「原料米をジャスミンライスにする」など、ほとんどが業界初の試みとなるもの。まさに実験的な挑戦を続けている。
売れるかどうか分からない斬新な企画はメーカーにとってリスクが高く、本来であれば慎重になるところだが、南島酒販は出来上がった泡盛を全量買い取りすることでハードルを下げ、リスクゼロで挑戦できる仕組みをつくっている。また、酵母や麹菌の扱い方などに関しては、バイオベンチャー企業である「株式会社バイオジェット」が協力会社としてサポートしているので、メーカーは自社の技術力の向上につながる経験も積めるというわけだ。酒造所×バイオジェット×南島酒販が三位一体となったこの仕組みにより、難題にも取り組むことができ、短期間で多くの商品開発が実現している。この企画力とスピードには驚くものがあり、一体どんな人たちが関わっているのか、とても興味深い。そこで、気になる中心人物に話を伺った。
元IT担当者が企画を推進 「面白い、楽しい」が原動力
「shimmer」の責任者は商品部の古謝雄基さん。2022年に入社し、数カ月後にはリリースに向けて始動している。経歴を聞くと、新卒で大手企画会社に入社し、Web系サービスなど新規事業の立ち上げ全般を経験。その後はマーケティング企画立案を行い、沖縄に戻ったという。「仕事を選ぶ基準は趣味と実益を兼ねること」と古謝さん。遊ぶように仕事を楽しみたいため、好きなことをテーマにしているのだそう。これまでは音楽や映画に関わる仕事だったが、沖縄に帰るタイミングでテーマをお酒に変えた。「当時はお酒を飲むことよりも、飲み会が好きでした」といい、泡盛事業にも関わるコンサルティング会社に入社。そこで多くの酒造所とやり取りするうちに「こうすれば面白いだろう」と、ブランドづくりへの想いが芽生えてきた。
道筋のきっかけとなったのは、本誌にも登場している「Bar Tasting Club」のオーナー儀部頼人さん。店内には数百本の泡盛や蒸留酒を揃え、知識も豊富だ。客としてお店に通ううちに親しくなり、飲みながらお酒について多くのことを語り合ったという。そのうち「独立して泡盛ブランドを立ち上げたい」という想いを実現するために具体的な案を模索し始めた。クラウドファンディングの利用も考えたが、まずは企画が実現できそうな会社にアプローチした。その際、泡盛に対する想いとⅠTやWeb系のスキルも買われ、南島酒販に入社する運びになったという。なので、最初に着手したのはEC事業の立ち上げだが、「shimmer」も並行して進めた。新規事業の立ち上げ、市場調査、事業計画や戦略の策定など、これまでの経験がこのスピード感を生んだのかと納得である。また、経営体力のある企業で事業化する道を選んだからこそ、全量買い取りでの商品開発が継続できているのだろう。
造り手たちを刺激するユニークな発想と実績
2年弱で21商品を開発・販売するというハイペース。企画はどのように生まれるのだろうか。「原料の米や麹菌、酵母の種類を変える、製造過程で手法を変えるなど、やってみたいことはたくさんあります。こちらの要望を酒造所さんに持ちかけて実現してもらうことが多いのですが、最近は酒造所さんからご提案いただくことも増えました」とのこと。他社の「shimmer」シリーズを見て「うちも何かやりたい」「うちならこんなことができます」といった申し出もあるという。その場合は、酒造所のニーズをヒアリングした上で、より革新的な企画を提案するという流れだ。
企画と酒造所のマッチングには、「文脈」を大切にしている。歴史や技術など、この酒造所でなければならない理由がちゃんとある。例えば、樽貯蔵泡盛を製造している酒造所には、樽を利用した新しい技法。少量製造が可能な昔ながらの設備を持つ酒造所には、僅かしか手に入らない希少原料を使用した小規模製造。といった具合いだ。「今ある商品を覆すつもりはなく、銘柄が持つ従来の魅力と新しい価値がうまく融合できるように心がけています」と古謝さん。造り手からは、「自社では思いつかない企画や、単独では不可能な技術開発に挑戦できるのが嬉しい」という声が多く聞こえた。
しかも、「面白い」「初挑戦を成し遂げた」というだけで終わらないのが凄いところ。なんと、アジア最大級の蒸留酒品評会、東京ウイスキー&スピリッツコンペティション(TWSC)2024において「shimmer」ブランドは、3商品の最高金賞を含み合計18もの賞を受賞した。これはTWSC史上、同一ブランドからの最高金賞受賞数として過去最多記録となっている。この快挙により、泡盛は日本の酒業界で注目を集めることになるだろう。泡盛ブームの到来を期待したいものだ。
手の内を全て明かし玄人にアプローチ 「shimmer」は、全製品のプロジェクトや製造工程を細かくホームページで公開している。さらにはラベルにも企業秘密ではないかと思われる情報を明確に表示している。仕込みに使用した米・黒麹菌株・酵母株だけでなく、蒸米時間や製麹期間、汲水歩合に至るまで、全てだ。これでは他社が簡単に再現できてしまいそうだが、それもプロジェクトの意義なのだ。「shimmer」ブランドは実験的な試みによる商品開発を行っているので、造って販売するだけが目的ではなく、製造過程で得られた情報やデータを学術的資産として泡盛業界に還元することを真の目的としている。そのため、全商品一回限りの製造で、生産できた本数のみの売切り販売なのである。
全てを公開することは販売戦略でもあり、泡盛愛好家や酒マニア、専門家などに、革新的な挑戦であることと製造にかける熱意を伝え、玄人に認めてもらうという効果を狙っている。ホームページに掲載されているストーリー仕立てのプロジェクト秘話は、時間を忘れて全商品見たくなるほど面白い。これが二度と手に入らないのかと思うと、2本、3本と購入せずにはいられない。
また、TWSCを受賞したことで、ウイスキー好きの注目も集めているという。「今、世の中はウイスキーブームです。泡盛に興味がなかった人たちにも受賞をきっかけに『どんなものだろう』と飲まれ、『あれ?おいしいじゃん!』というノリが広がってきています」と古謝さん。同じ蒸留酒なので、好きな人にはハマりやすいだろう。ウイスキーをはじめとする蒸留酒愛好家たちも泡盛の魅力を認めはじめているというので、新しい市場開拓も期待できそうである。
受賞商品も含め、「shimmer」は本数限定なので、どれもいずれ幻となってしまう。気になるプロジェクトの商品は、ぜひ早めに手に入れておきたいものだ。
古謝 雄基さん
南島酒販株式会社 商品部
上級ウェブ解析士
ITコーディネーター
酒コレクターでもあり、泡盛、焼酎をはじめとした蒸留酒の保有数は1000本を超える。自宅とは別に、保管用の部屋で管理している。
写真 G-KEN