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第 36 話

なつかしい街

[今回の書き手]櫻井伸浩さん
2015.08.01

古本の出張買取に呼ばれた先が、沖縄で初めて住んだ家の近所だった。
娘と毎朝通った保育園が見えてきた。
園までの坂道を、骨折した娘を背負って歩いたことも思い出す。

おばさんが、いつもきれいに掃き掃除をしていたマンション前。
娘は毎日挨拶してたけど、声が小さくて聞こえてないみたいだったっけ。

懐かしい道をクルマでゆっくり通過する。

見積りし買取代金を支払ってから、お客様とゆんたくとなった。

「あら、ここの近くに住んでたの。〇〇さんとこはみんな元気だよ、
あそこの文房具屋は無くなったよ、坂の途中にワインバーが出来たよ」

なつかしい町内の、最新情報を教えていただいた。
街の歴史は日々更新され続けている。


沖縄で暮らしはじめた日。
荷解きしていたら、開け放した縁側に
知らないおばあさんがいつのまにか座っていて、びっくりした。
門扉を開けて入ってきていたようだ。

「あんたたち、どこから来たね?」
東北から来ました、若狭大通りで古本屋をやります、
これからご近所ですね、よろしくお願いします、と妻が話すと
おばあさん(佐久田のおばあ 当時85歳)は満足して、
うなずきながら帰って行った。

沖縄に知り合いなどいない状態で引越してきたので
馴染めるかどうかの心配もあったのだけれど、
おばあが、初日にして一気に距離を縮めてくれた。
おかげで僕も妻も、なんだか気が楽になった。

休日、縁側に腰かけて本を読んでいたら
コンクリ塀の前を佐久田のおばあが通った。
しかしなんだかすごく違和感を感じる。
よく見ると、身体の進む方向と顔の向いている方向とが、逆なのである。
おばあのオリジナル健康法「後ろ歩き。」とのこと。

この辺は細い路地でクルマが入らないから、
安心して後ろ向きに歩けるそうだ。

またねバイバイ、と見送ったが、
おばあの顔がいつまでもこっちを向いているため
おばあが角を曲がるまで、ずーーっと手を振ることになった。

それからも何度か佐久田のおばあの後ろ歩きを見かけた記憶がある。
もしかして僕ら家族を気にかけて
散歩コースにしてくれてたのかな。
考えすぎか。

その後、娘の小学校入学に合わせて僕らは店の近くに引越したので
しばらく会っていないが、
おばあは今も後ろ向きで歩いているだろうか。 
歩いていて欲しい。

沖縄に暮らしてもうすぐ10年になる。
10年のあいだにはいろんな出会いがあって
見守り叱咤激励してくれる先輩や友人知人、お客様に恵まれた。
まだまだこれからも新しい出会いがあるだろう。別れだってある。
僕の歴史も更新され続けてゆく。

ふと、
ちはや書房も僕も、沖縄のこの街の歴史の一部になってるのかもな、
なんて
そんなことを考えると
すこし誇らしくて
鼻の頭あたりが ちょっとムズがゆくなるのだ。

●ちはや書房
http://chihayabooks.ti-da.net/

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なつかしい坂道(撮影・新城和博さん)

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ある日の櫻井家(撮影・小倉英三郎さん)

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ちはや書房店内(撮影・藤井誠二さん)

櫻井伸浩さん
櫻井伸浩Nobuhiro Sakurai

那覇市若狭大通りの古本屋『ちはや書房』店主。
 (http://chihayabooks.ti-da.net/
1973年生まれ・宮城県遠田郡小牛田町出身
1995年 NTTドコモ東北入社(青森→仙台→福島)
2005年12月 退社・沖縄移住
2006年3月 「セレクト古書 ちはや書房」開店
歌って踊れる古書店主をめざし日々精進中。

次回の書き手は
八谷明彦さん

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