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第 13 話

靴と旅して

[今回の書き手] 新崎一美さん
2013.09.01

 6年前、30歳になった記念に手に入れた、一張羅の時計。あれからだいぶ大きくなったわたしは、その時計のベルトが手首にまわらず、きつくて巻くことができずに放ったらかし。「この時計が似合うような大人になろう」と強い決意で買ったのに、いまだ物のお手入れがきちんと出来ていません。 
 それはともかく、わたしは物の「お手入れ」には2つあると思っていて、1つは清潔に保つ「お手入れ」のことで、もう1つは、いざ必要な時に、すぐにカッコよく身に付けられるように準備しておくという意味があると思います。例えば、パンツの裾の丈がばっちりキマっていたり、シャツやカーディガンのボタンが取れそうになってないかなど。

 物のお手入れといえば、久茂地で靴屋をやっているわたしの元には、旅行前後に靴のお手入れで多くのお客さまが来店します。旅行前は、旅先で気持ちよく過ごせるように靴の底を修理したり、「たくさん歩くのならこの靴も必要ですね」などと持っていく靴の相談に乗ったり。気候や現地でのお食事など一緒に想像しながら、お手入れしています。そして、帰ってきた時には、旅先での汚れを落としながら、お土産話を。
 つい先日キャンピングカーでアメリカを横断したお客さまは、「一生に一度はいいけど、やっぱり車は大変だね!」と言いながら大笑い。土がたくさん付いた靴もその大変さを物語っていました。そして靴を磨きながら聞いたアメリカでの話はとっても印象的で、忘れられません。
 また、イタリアで付いたジェラートのシミを落としたり、パリの石畳で傷付けたパンプスの先を磨いたり、はたまたモンゴルでの温泉のお話を聞きながら、その土地のさらさらした砂を落としたり。異国の感動を味わった旅人たちの熱は冷めぬまま、その話を聞くことができるのは靴屋ならではの特権かも!と思いながら、まだ見ぬ土地をまるで自分が行ったかのようにイメージして、想像の世界で旅します。

 旅行での靴って、普段よりたくさん歩くから履き心地もそうだし、旅先では(特にヨーロッパなんかのホテルやレストランでは)ドレスコードが決まっていたり、また意外と一緒に行く仲間との間で身だしなみが気になったりで、役割がいっぱい。だからみんな、いろんなことを考えながら一生懸命に靴を選んでいるのだろうな。そんなお客さまが気持ちよく、どこへ行っても楽しく過ごせるようにわたしは靴屋を頑張っていると言っても過言ではありません。いや。ただ、お土産話を聞きながら靴の手入れをし、妄想の中で世界旅行がしたいだけなのかも。

 そうそう、最初に書いた時計ですが、思い切って修理に出してきました。ベルトの延長と電池交換でなんと800円。所要時間たったの30分。修理に出すまでにかかった時間およそ2年。「もっと早く出しておけばよかった」と後悔するのと同時に、「これで自分に合ったお手入れができたな」とちょっぴりご満悦なわたし。やっと、この一張羅の時計が似合うような大人になってきたのかもしれません。

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足取りが軽くなる、心が浮き立つお気に入りの靴は、日々のコーディネートの要。

 新崎一美さん
新崎一美Hitomi Arakaki

沖縄市出身。高校卒業後、東京にある靴専門学校に入学。
卒業後は靴のデザインから製造・販売まで靴三昧の10年間を過ごし2004年帰沖
2005年オリジナル靴&靴加工とオーダー中敷の店Shoe be(シュービー)オープン。

次回の書き手は
島袋常貴さん

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