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ステンレスの魅力を手しごとで伝える

2023.03.28

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こちらは、2022年おきなわいちば vol.76「自分らしく働く」に掲載された記事です。
(写真:春田健二)

祖父の代から続く町工場を未来へつなげていくために、父と娘がはじめた物語。

幼い頃から見てきた 父親の仕事に魅せられて
「これはステンレスを折り曲げるための機械。奥にある方は、溶接する時に使うもの。どれも創業当初から50年以上、大事に使っています」

工場を案内しながらそう教えてくれたのは、ステンレスアクセサリーを製作する名嘉絵理さん。板金屋として絵理さんの祖父の代から始まったこの小さな工場では、お父さんの大城正順さんが兄弟と一緒にダクト(風導管)や什器などステンレスを加工した商品の製作や設置工事を行っている。さらに、2年半ほど前からは、絵理さんがお父さんと一緒にステンレスを使った暮らしの道具を作るグラウと、自身のアクセサリーブランド、アシエを始めた。お父さんの大きなデスクの一角は、今では 絵理さんの仕事場だ。

「ここは幼い頃、祖父母に会うために遊びに来る場所だったので、まさか自分も働くことになるとは思いませんでした」と話す絵理さん。きっかけは、3年前に経理の仕事を手伝い始めたこと。その時、ふと目にとまったのが、使い込まれた自家製の工具箱やアタッシュケースだった。

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「今まで当たり前の光景だったので気づかなかったけれど、すごくかっこいいと思ったんです。販売用として作られたものではありませんが、私のように興味を持つ人はきっとい るんじゃないかって。さっそく県外に住んでいる姉に相談して、半ば勝手に始めました(笑)」

グラウでは、基本的にオーダー制で雑貨や家具、時には什器を手掛ける。絵理さんが相手の希望するサイズやデザイン、どのようなものが欲しいのかといったヒアリングをして、 それをお父さんに伝えて製作してもらう。 初めて注文を受けて作ったのは、亜鉛板を使ったランプシェードだった。ステンレスをあえて『魅せる』というこれまでとは異なる使い方に、お父さんは正直戸惑いもあったという。

「父は『本当にこれでいいの?』って、半信半疑な様子でした(笑)。それでも納品した時にお客さんの笑顔を見たら「じゃあ、これからもやってみるか」って思ってくれたみたいで。キャリアが長くてもそうやって新しい意見を取り入れてくれるのは、すごいと思います」と絵理さん。製作をするなかで考え方の違いから時には意見が異なることもあるが、親子だからこそ、譲らずにきちんと伝えることを心がけているそうだ。

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身近なステンレスの印象が 大きく変わった瞬間
「アパレル業で働く友人に父の仕事を手伝う話をした時、「それじゃあステンレスアクセサリーも作れるね」と言われて。最初はなんのこと?と思いました」

絵理さんにとってステンレスは馴染みのある存在だったが、家具や什器を作る素材であって、 アクセサリーの材料として使われているのは知らなかった。調べてみると、ステンレスには金属アレルギーが起きにくい性質があることを知り、実は重度のアレルギーでアクセサリーを身につけることを諦めていた絵理さんにとって、まさに目から鱗だった。

「試しにバングルを作って着けると、本当に反応が起きなくて。魔法みたいだなって感動したんです。それからはピアスやリングなどいろんな種類を作りはじめました。もともと飲 食業で調理を担当していて、何かを作り出すことは好きだったので、すっかりはまっちゃいました」

2U8A6828.tif.jpgアクセサリーの製作と聞くと、繊細な作業を思い浮かべるが、実際に作業風景を見せてもらうと、かなりの力仕事。ハンマーで板を強く叩いて鎚目を施したり、専用の機械を使って磨く時には、火花が散ることも。

「力は強い方だし、大胆な作業の方が性に合っているんです」と話す絵理さんの姿は、とてもかっこいい。 加工をしていくうちに、表面にしようと思っていた裏面の方が魅力的になったり、失敗しても、切り落とし端材がリングやピアスに使えたりと、手を動かしながらその場で出来上がっていくのも、絵理さんにとって楽しさのひとつだという。

「アクセサリーを作る一番の理由は、 自分が身につけたいから。作品は自分が似合うかどうかを基準にして作ります。おしゃれすることは好きだけど、華美になるのは苦手なので、 シンプルなものが多いですね。私にとってアクセサリーは、毎日身につけるお守りみたいな存在です」

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錆びにくいのでメンテナンスも不要、軽い着け心地で、仕事の日でもストレスフリー。そんな魅力の多いステンレスアクセサリーだが、あまり馴染みがないのは、どうしてだろう。 素朴な疑問を絵理さんに聞いてみた。

「ステンレスって、アクセサリーを作りたいという人が使うような材質じゃないと思うんです。力仕事だし、専用の機械が必要だし、それを使う技術もないとできません。私には父がいて良かった(笑)。まだまだ馴染みがないからこそたくさんの人にステンレスアクセサリーの存在を知ってほしいです」

また、アクセサリーを販売するようになって、絵理さんが驚いたのは、予想以上に金属アレルギーで悩んでいる人が多いことだった。

「もともとは自分のために作りはじめたものなので、有名な作家やアーティストになりたいわけじゃないんです。だから、私の作ったアクセサリーが誰かの助けになって、「ありがとう」と言ってもらえることの方が何倍もやりがいがあります」

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未来へつなげるために 変化することを恐れない
父・正順さんの確かな技術をもっと多くの人に知ってほしい。そんな絵理さんの気持ちから始めたグラウは、これまでお父さんの働く姿を遠くから見ていた時よりも、一緒に仕事をするようになったことで、更にその想いは強くなったという。

「父は、誰に対しても敬意をもって仕事に取り組むんです。相手が若い人でも対等に接して、これまで作り上げてきたものとは全く異なる内容でも頭ごなしに反対せず、本当に出来るかどうか、頭の中で整理してくれる。技術面はもちろんですが、そんな姿勢に職人として尊敬します」

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ステンレスの新たな可能性と職人の確かな技術を、絵理さんはこれから積極的に発信していきたいと話す。

「困った時に『グラウに相談してみよう』と思ってもらえるような場所でいたいです。 ステンレスって、硬いけれどなんでも作れちゃう自由なものだから、誰かの大切なものを作る手助けができると嬉しいですね」

相手のことを思って、丁寧に仕事をする。それは、当たり前なことのようであって、時には実行するのが難しい。しかし、絵理さんは決して見失うことなく、これからもまっすぐに前へと突き進んでいく。

名嘉絵理さん
2019年にステンレス加工の商品 をセミフルオーダーで製作する Grau を立ち上げる。 また、同年にはステンレスアクセサリーブランドacier として製作をスタート。アクセサリーは、県内のセレクト ショップにて販売中。 入荷情報はSNSにてチェックを。 〈Instagram> acier9

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https://shop.okinawa-ichiba.jp/?pid=168635759

  • 文・ 彩
  • 写真・春田健二

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